2026年07月02日

文章を書けるようになって、変わったこと

表現することが苦手

自分を表現することに対して、むかしから苦手意識があります。

意見の主張はしますが、感情的な主張は極力避けます。なんとなく、自分の裸を見せるのと同じ感覚で、恥ずかしくて、避けます。

そもそもですが、苦手意識を持った経緯も理解しています。
子供時代、感情を出さない方が生きやすかった環境で身についた習慣が、身体に染みついたまま変えられず、不得手なことになってしまっただけです。

使わないものを意識する必要もなく、必要としてこなかったからか、自分自身の内面の変化に気づくのが苦手です。自分の感情に鈍感です。

自分の問題に対して、他者がみてわかる状態になるまで、自分で気づかないようなことを繰り返してきました。……それでも大きな問題だと意識せずいられたのは、環境と、それと根っこが割と平和なタイプだったからかもしれません。

それで、今もなお大きな問題ではないのかといえば、そうではないです。
身体症状がでるまで、自分が疲れていることに気づけないので、いつでも臨戦態勢にしておきたい今の仕事でなかなか致命的なのです。
(以前の仕事は、休みたいときは急に休めて、元気なときに片づける……で回りました)

さてどうしたものか……
そういうわけで始めたこと、でもないのですが、新しい仕事で役立つかもしれないと思い、文章を書く習慣を身に着けようとし始めました。

要点は、そこであった変化についてだったりします。

自分について書けるようになるまで

ちなみに、日記はロクに書けたことがありません。学生時代の課題は、事実の羅列とポジティブな感情めいた一言(みんなが読んでほっとする感)を加えて済ませていただけです。捏造もあり。

書くのは好きですが、手順書だったり、レポートのような、やっぱり事実の羅列が中心です。

いざ、何かを書こうと思っても、やっぱり最初は事実の羅列、研究ノート的なものばかりになってしまいます。

そうした現状を認識しつつ、無理せずノートめいたものを書きながら、エッセイといった人の体験談などを特に意識して読むようにしました(思えば、エッセイはむかしから避けてきた種類の書籍でした。読んできた数が圧倒的に少ない)。

自分が決して書かないような事柄を探して、考え、それを表現する言葉を読み込みました。

湯船のなかでなんとなく、今日の出来事を考え、表現する言葉を当てはめる……。
実際に文章として形にはせずとも、そんなことを繰り返していました。

あるとき、お酒を飲んでまったりしながら、いつも通り音楽鑑賞で感動しているとき、自分のなかの感情が言葉になって浮かんでいるような、浮かんでいないような、もしかしたら浮かんでいるような、気がしました。

なので、とりあえず深く考えることなく、出てくる言葉で書き出してみました。連なって、書き出せました。

習慣にしようと思い立ってから、半年くらい経ったあとのことだったかもしれません。

日常に自分自身をみる視点が生まれた

事実の羅列ではない文章が書けるようになると、自然と自分のなかで気持ちを探し始めるようになりました。

何かをしているとき、何もしていないとき。
今自分はどういう状態なのかを、事実として、気持ちとして。

そこまでだと、自分のなかに留まる形で意識するだけですが、その先も考えます。
他者に伝える言葉にするなら、表現するなら、どの言葉を選ぶか……?

言葉1つで、ポジティブさもネガティブさも無機質さも簡単に変わります。だから、どれが一番自分に近い状態でしっくりくるかを考えます。

そうして書き始めると、自分の内側をみつめてできた文章ができあがります。

結果、自分がどういう人間なのか、何を思っているのか、自分の内側に潜んでいたものが、文章から客観的にみることができるようになりました。これまで意識したことがないような気のすることまで発見して、驚くことも出てきました。

新しい・知らなかった、自分自身に出会うような気づきを得たり、日常的に自分自身を見つめる目が生まれ、自分の変化に気づけるようになりました。

日記や自分の気持ちを書くことが心理的なセラピーになるというレポートがありますが、それってこういうことだったんだな、とやっとわかりました。

書けるようになってまだ日が浅いので、また発見があったときに追記するかもしれません。

今は、この自分自身への視点を育てて、自分の問題にはやく気づいて対処までできるようになることが目標です。

ゆっくり書いて、振り返る習慣

ここでの話は、もともと文章が書ける方からすると、当然のことでおかしな話に感じるだろうと思います。多くの方にとってそうなのだろう、そうであってほしいな、と思います。何かちょっとかでもおもしろく思ってもらえたら、いいけどな……。

さておき、いくつになっても、新しいことに気づけたり、変化があったり、それこそ年を取るからこそ、良い習慣を身につけられたりするので、人生はまだまだおもしろいことがたくさんあるだろうと思います。